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zoom RSS あばらさん、さよなら…

<<   作成日時 : 2005/08/11 23:24   >>

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 亭主のブログに呼応して、「一次情報に濃く接しつつプロデュースする話」を書こうと思い、ブラウザを立ち上げた。アサヒ・コムが立ち上がるようになっていて、いつものようにトップページを上から下まで見た…「指揮者の榊原栄さん死去」−え!!!開いたページには、今日心不全で亡くなったという。59歳。

 いくら訃報に始まる物語とはいえ、あなたの訃報を聞くのは早過ぎますよ、あばらさん。

 新日本フィルハーモニー交響楽団のトロンボーン吹き、というのが、最初に見た(まだ会ったとはいえない)あばらさんだった。オーケストラの配置で、トロンボーンは最上段。入ったばかりの宮下さん(女性で金管楽器奏者はまだほんとに珍しかった)も目立ったけれど、お髭が印象的なあばらさんはもっと目立った。名前を存じあげる前から、定期演奏会に行くたびに、お髭のトロンボーンさんは今日は乗ってるのかな、と探したものだった。

 もう時効だから言ってもいいと思うけれど、カザルスホールのティータイムコンサートの最初の企画案を作ってくれたのもあばらさんだった。87年のことだ。たぶん、「オーケストラがやってきた」などでの経験を通して、クラシック音楽をたくさんの人が愛するようになってほしいと思うようになったあばらさんは、今で言えば「普及型プログラム」コンサートを精力的にプロデュースし始めていたころだった。萩元晴彦氏の「却下」の一言で、話は白紙に。その後紆余曲折を経て、あのシリーズは西村朗氏の構成・司会でスタートした。
 右も左も分からない新米担当者だった私が次々とドジをし、結果として、あばらさんにはものすごくご迷惑をかけてしまった。相当に頭に来てもおかしくない状況だったにも拘わらず、あばらさんは、「いいんだ、いいんだ、でも萩元さんにはしっかりいってくれ、あんたのやり方と僕のやり方は違うってね。」
 個性の強いジェネラル・プロデューサーを戴くカザルスホールは、その後はっきりと、支持と不支持、好きと嫌いが分かれるホールになっていった。あのとき、あばらさんが言った台詞をその後何度、いろいろな人の口から聞いたことだろう。ニュートラルで顔の見えないよりは、ずっといい、と今は思うけれど、あのとき、あばらさんも萩さんも互いに決して譲らなかった。この仕事について、わずか2ヶ月ちょっとの私は、その意地の張り合いには、ただただ目を瞠っていた。ひとつの企画を巡る戦いだったと言ってもいい。この仕事の本質的な血の気の多さと潔さを、最初に教えてくれたのは、このあばらさんとの出会いだった。
 
 カザルスホールから追い出されて、目白に自宅兼事務所を持って間なく、目白駅近くの表通りでばったりあばらさんに会った。
 「たいへんだったねえ・・・」ああ、見ていてくれたんだ…
 「でさ、いまプラハで指揮者やってるんだ。いろいろおもしろいことがでてきてさ。今暇になったんだろう?(当方苦笑しつつうなずく)こんどちょっとはなそうや。手伝って貰えそうなこともあるし」
 新しい住所と電話番号をもらって(年賀状はだしていたのだけれど、戻ってきてしまっていたので)、じゃあ、また…

 あちこちで、ちょくちょく顔は合わせるのだけれど、お互い全力疾走している最中で、道の向こうとこっちで笑顔で手を振り合うような、そんなすれ違いばかりだった。いつかいっしょにゆっくり飲んで話をしようよ…それが叶わないことになったなんて、信じられないや、あばらさん。

 あのとき、新米のかけだしが、「ただの教養主義の講義がついたコンサートはいやなんです。演奏家がステージの上で何を考えて、何を伝えたいと思っているのか、初めて聞きにきた人でも、それがわかれば、つまんないと思わないと思うんです」などと生意気を言っているのに、うんうんと耳を傾けた上で、ぐいっと身を乗り出してあばらさんは言った、「それってさ、すごい話なんだよ、アーティストの楽屋裏っていうか、商売上の秘密を明かせって言ってるのと同じなんだよなあ。あなた、それをやりたいっていうのかい?」わたしはこっくりうなずいた…。

 あばらさん、私は今でもそう思っていて、アウトリーチやコミュニティ活動の打ち合わせでいつもアーティストに同じ事を言っています。あ、というか、きっとこういう活動にどんどん関心が向いていったのは、あのときご自宅に伺って話をさせていただいた数時間にあばらさんと話したことから始まっていると、今気がつきました。不思議なことに、お宅からの帰り道、緩やかに下る道を歩きながら目にしていた風景を鮮やかに覚えています。

 ああ、だから、もう一度あばらさんと話したかった。あなたはあのときからどんな道を辿っていったのか。あのときと同じ信念でこれまでされてきたいろいろな試みに向かっておられたに違いない。その話をあの調子で、あの声音でもう一度聞きたかった。

 天国では人材が不足しているのかしら。この世も人材不足なのに。何より、あの情熱が今不足しているというのに…。

 あばらさん、so long...

 榊原栄さんのホームページはこちらです。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
せめて、お葬式には行こうね。うん。
やくぺん先生
2005/08/11 23:35

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あばらさん、さよなら… SQWカフェ/BIGLOBEウェブリブログ
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