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zoom RSS 八月が巡り来て…

<<   作成日時 : 2005/08/04 01:01   >>

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 日がな一日パソコンの画面を見ていると、さすがに目の奥が痛くなってくる。だから、あんまりこの画面の前にはいない方がよいのだけれど。

 今年も八月がやってきた。夏休みの真っ盛り、国鉄を乗り継いで帰る母の実家は広島。八月六日午前八時一五分を、市内から遠く隔たる中国山地の山の中で迎えるのが、いつの間にか年中行事になっていた。
 資料館とドームに初めて行ったのは、8歳の時だった。満州からの引き揚げだった祖母や母、伯父伯母たちの語る戦争が、「昔々あるところに…」という昔話から、いきなり生々しく現前するものに変わるほどの衝撃を受けた。過去と現在の関係、歴史という概念が、あの日自分の中に突然萌え出たと言っても過言ではないだろう。8歳のガキですら、そう思うものがヒロシマにある。

 説明すると長くなるけれど、たぶん今自分がこの仕事をしているのも、ヒロシマから始まっている。
その後何度も訪れた資料館。その展示の中で、どれが一番心を掴むと問われれば、焦げた飯の詰まった弁当箱でもなければ、人骨が埋まった瓦でもなく、爆心の町の地図だと答える。伯剌西爾という名の喫茶店があり、酒屋やスポーツ用品の店、本屋、八百屋…広島で一番繁華だった一画が、今は公園になっている。そこにあった毎日の生活、近所づきあい、人々のさんざめく声、…資料館の片隅にあるその地図は、それが一瞬にして喪われたという事実を、のどを締め上げられるような現実感をもって突きつける。消え去ったのは、わたしたち自身が今生きている、この現実と同じもの。

※ ※ ※

 今日3日、第一生命ホールでは東京混声合唱団と林光さんが26年間続けている「八月の祭り」が行われました。
 「原爆小景」に始まったコンサートは、アンコール「星巡りのうた」で終わります。
 でも、今日のアンコールはもう一曲ありました。谷川俊太郎の「死んだ男の残したものは」。
 この曲は、自分自身に封印しています。聴くと涙が止められなくなるので。

 伯剌西爾という名の喫茶店があった、広島・中之島の地図と「死んだ男…」は同じ現実を突きつけてきます。

 何人死ねばわかるのか…ほんとうに、何人死ねば、その殺戮がただただ、人が行き暮らす当たり前の毎日をたたき壊すだけのものであることを、今あなたの隣でほほえんでいる愛する人を喪うだけのことであることを、身にしみて分かることができるのでしょう。

 わたしはいやです。どんな理屈や理由付けをされても、それはいやです。

 八月が巡り来るのは、この「やだああ」を確認するため。

 「八月のまつり」は、林さんがもういい、というまで(たぶんいわないと思うけど)、第一生命ホールで続いていってもらうつもりです。

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この演奏会のレポート、以下にあります。ごらんあれ。
http://tanmoni.exblog.jp/
やくぺん先生
2005/08/04 18:41

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