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zoom RSS お祭りだから…

<<   作成日時 : 2005/08/07 23:49   >>

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 やくざな商売…クラシック音楽といえども、演奏家(=芸能の人)やコンサート(=興行)に関わるこの仕事にたずさわる人間たちは、自分の仕事をこう呼んできた。なんせ、曜日感覚も時間感覚もない人たちとの仕事、週休二日やら、8時間労働なんていう、近代的労働感覚はハナからない。コンサートが始まるのは「堅気のかたがた」のお仕事が終わってからのこと。人が仕事を終える時間に働き出す、っていうわけだから、やっぱり「やくざな仕事」なのだ。
 この仕事についた20年弱前には、この「やくざ」という言葉が自然に納得できるような諸先輩が、この業界にもたくさんいた。姉御たちは鉄火肌とまでは言わないけれど、気っぷのいいおねえさんたちが多かった。裏方さんとのやりとり(その後渡り合い)で、「四の五のいわずに、はたらけいっ!」の感覚を磨かせていただいた。「元祖インテリやくざ」という言い方をしていた人もいた。

 今日び、アートマネージメントなる言葉と概念が海の向こうからもたらされ、大学をちゃんと卒業しようという人たちが「この仕事に賭けたいんです」などと、真顔で相談にやってくる。「いやあ、あんまり勧めないけど…。」やってみれば、限りなく面白い、でも積極的に入るモンでもないよ…自分がこの仕事に入ろうとしたときに、言われた通りのことを言っている自分に気づく。

 なぜだろう…答えは祭りの中にある。

 日常生活の場である町が、神渡りの作用で非日常空間になる。いつもなら、封印されているものが一気に吹き出してくるのも祭りの時だ。例えば、やくざ。ええ、正真正銘のホンモノです。新佃西町(今の二丁目)にはかつてやくざさんが住んでいたそうで、今も祭りの時には町内の空き地にテントをはって、祭りの応援にかけつける。

 町で暮らすということは、通り一遍ではない複雑な地域の事情に身を投げること。新興住宅地にはない重層がここにはある。担ぎ手の中には、明らかにその筋の人たちがたち混じっている。
 何回か前の祭りでは、御輿をやくざにとられて大騒ぎになったことがある、とここに60年暮らしているというおばちゃんが言っていた。堅気の人には迷惑かけないやくざさんたちが、祭りの時には堅気と正面衝突する。堅気の人たちの方が祭りの時にはやくざな時間になだれ込んでくると言ってもいいだろう。
 御輿を担ぐ男たち女たちは、神人となって、日常を切り裂いていく。その混沌の中から、日常は再び力を得て再生する。お祭りの後には、みんな妙に生き生きしているのはそのせいだ。

 日常を切り裂くことが日々の仕事になること、それを昔から人は「やくざ」と呼んでいたのだろう。
 ならば、コンサートという小さな祝祭空間を作る仕事がやくざでないはずがない。
 休憩時間に、無邪気に水をかけあって遊ぶやくざさんたちの姿に、なにやら親近感を覚える。

 この仕事を選びたいと思っている若者たちよ、日常を切り裂く気概と気迫を持ってやくざになる覚悟が決まらないうちは、お勉強していなさい。勉強も悪くはない。もうやくざ気質ではやっていけない状況もあるから。ただ、祭りの渦の外にいたいと思ったら、この仕事はむいていない。頭の先から足の先までびっしょりになって、重たい御輿を炎天下ほとんどトランス状態になりながら担ぎ続ける一本気が必要だ。まさに踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ…。

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